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下記のご質問を頂きました

「80歳以上の高齢者の緩和ケア、せん妄、鎮痛、鎮静について知りたいです。せん妄が現れたら鎮痛剤は止め、鎮静剤にした方のがいいのか。せん妄が現れて、鎮痛剤から鎮静剤に変えたらどのようになるのか知りたいです」

Kさんご質問ありがとうございました。

ご回答します。

 

答えは1つ

上記のご質問に対する答えは1つです。

緩和ケア医あるいは緩和ケア医に準じる程度に緩和ケアが得意な医師に相談しましょう。

終わり・・・・・・では説明不足ですね。それで済むならば相談していないかもしれません。

ただ半分本気にそうです。

ではなぜそうなのかについて考えてみましょう。

 

痛みとせん妄の難しい関係 虻蜂取らず

痛みがなければ、せん妄に対して適正な治療を行うのみなので、相対的な難しさはそれほどでもありません。

問題は痛みがあってせん妄がある場合です。

がんの痛みの場合に、重要な鎮痛薬である医療用麻薬は、せん妄を悪化させる可能性があります。

「じゃあ、医療用麻薬を止めれば良いか?

というと、必ずしもそうとは言えません

痛みがせん妄を増悪させている場合もあるからです。

それなので、このような場合の治療は難しいです。

ご質問くださった方は、それをご存知なので質問されたのだと思います。

せん妄になると、(医療者ではない)見ている方は「薬でおかしくなっている」と一見思えるかもしれません。

ただし病気が終末期に近づいていると、せん妄は不良な全身状態を背景に惹起されるので、特に薬を使っていなくてもせん妄になることはしばしばあります。

コミュニケーションがよく取れていないと、不安からつい悪く考えてしまうところですが、まずは医療者、特に医師にしっかりと原因を尋ねることからはじめてみるのが良いでしょう。

 

せん妄と鎮静剤について

せん妄の治療においては、必ずしも鎮静薬を用いません

しかしがんの患者さんの場合には例外があります。

それは終末期で、余命がいくばくもないと推測される際です(多くは数日という単位の場合)。

あるいはそれより前の時期でも、混乱や興奮が著しく、鎮静剤を使用するしか安静を確保できない(ために患者さんに不利益があると考えられる)場合も、一時的な使用が行われます。

せん妄に対して使用するのは、基本的には鎮静薬ではなく、抗精神病薬です。

一般の皆さんのために改めて処方意図と代表的な薬剤名などを記載します。

●医療用麻薬・・・・・・鎮「痛」薬。息苦しさなどにも効く。痛みの伝達経路に働いて痛みを緩和する。意識は妥当量ならば低下しない(意識を低下させる目的で使用しない)モルヒネなど

●鎮静薬・・・・・・意識を低下させる薬剤。胃カメラや大腸鏡などを眠ってする場合などと同様の薬剤。がんでは終末期に使用することが多い。ミダゾラム(商品名ドルミカム)など

●抗精神病薬・・・・・・幻覚や妄想などを抑える薬剤。精神病などに用いるが、せん妄にも使用される。ハロペリドール(商品名セレネース)リスペリドン(商品名リスパダール)など。

これらの薬剤は、系統も違いますし、処方意図も異なることがわかってもらえたでしょうか?

3種の薬剤の作用や処方意図が、力量ある臨床家ではないと、混線していることもあるため、できれば3系統の薬剤に精通している緩和ケア医等の関与を頼むのが良いと考えられます。

なお、精神科医や心療内科医も、例えば精神腫瘍学などの専門家など、がんの精神症状への対応を得意としている少数の医師もいますが、多くはがんの専門家ではないため、がんの終末期などのせん妄に関しては習熟度の違いがあります。できれば精神腫瘍学等の専門家に(相談する場合は)相談するのが良いでしょう。

難しいのは、がんの高度進行期の場合などに、薬剤性にせん妄を増悪させている可能性もあるので、担当医の処方内容に助言しなければいけないことも多々あります。

この場合に処方を調整してもらうのに、精神科医ならではの専門性が活きる場合もあれば、緩和ケア医ならではの身体的な理解が活きる場合もあり、各病院ごとに適したやり方というものがあります。

そのようなわけで、せん妄に対しては基本的に抗精神病薬や、不眠があればせん妄を増悪させにくい睡眠薬などを用いて体内時計のリズム(概日リズム)を復したりするのですが、さらに気をつけなければいけないことがあります。

その1つは、認知症の患者は、抗精神病薬で死亡リスクが増える可能性が指摘されていますし、高齢者に関しても慎重に処方すべき点はあるでしょう。

けれども、一切の薬剤を用いずとも、基本は不良な全身状態があるため、せん妄を緩和することは困難です。必要最小限の量を、必要最小限の期間で、処方して対応します。

 

対処の具体例

それでは頂いた質問への具体的な回答に移ります。

① 余命が短い週単位を超えてあると推測される時

まずは痛みが、せん妄の影響を受けて表現されていないかを十分確かめることです。

痛みに関しては、場所や程度、性状などについてよく尋ねます

せん妄があると、意識変容がありますから、「痛い痛い」と同じことを言ったり、頷いたりすることができても、具体的に痛みを表現することは難しくなります

せん妄があるようならば、直近に医療用麻薬が急激に増やされるなどしていないかを確認します。

他に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬などもせん妄に影響するので、そのようなせん妄を悪くする薬剤が処方されていないかも確認します。せん妄で落ち着かないのを不安と解されて、抗不安薬が出ている場合などもあるので要注意です。

そして、それらがあるようならば、薬剤の量を減らすか、中止するかを検討します。

痛みに関しては、痛みの問いに関して具体的な返答がある程度に回復してくる(つまりせん妄が改善する)まで、医療用麻薬はある程度減らしたり、現状維持にしたりします。少なくとも、増やすことはしないほうが良いでしょう。

これらの原因薬剤の改善のほか、高カルシウム血症感染症などのせん妄を起こす病態をしっかり改善することが重要です。

また鎮静薬ではなく、抗精神病薬を用いてせん妄の改善を図ります。

鎮静薬を使用するのは、医療用麻薬を適正に調整したり、抗精神病薬を使っても、安静が確保できない程度の混乱や興奮が続く場合に、一時的に使用することに限られます。

② 余命が短い週単位以下と推測される時

一方で、余命が短い週単位以下と推測される時は、抗精神病薬でのせん妄改善はしばしば難しいです。

ただしこの場合も基本的な対処は同様です。

医療用麻薬などのせん妄を悪化しうる薬剤を適切に調整し、抗精神病薬を使います。

これでも安静が確保できない程度の混乱や興奮が続く場合に、間欠的に(頓用で)鎮静薬を用います。

それでも間断ないせん妄が続く場合には、持続的な鎮静薬使用が検討されますが、当然のごとくそれは十分患者さんやご家族と相談して行われます。患者さんが意思を表示するのが難しくご家族の決断となることも多く、事前に十分話し合うことが大切になります

このように、高齢者の方における薬剤調整には細心の注意が必要になります。

専門家は他にも薬剤同士の相互作用や、その患者さんの他の病気など、様々なことを総合的に考慮して、ご質問のような状況の治療に携わっています。

頂いたようなケースに関しては、やはり緩和ケアの専門家等に何とかつないでもらうのが最適と言えると考えます。

早期からの緩和ケア外来相談 緩和ケア医(緩和医療専門医)大津秀一

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About 大津 秀一

緩和医療専門医/緩和クリエーター。数千人の患者さんの緩和ケア、終末期医療に携わり、症状緩和のエキスパートとして活動している。著書や講演活動で、一般に向けて緩和ケアや終末期ケアについてわかりやすくお伝えすることをライフワークとしている。