緩和の技術は医師によってだいぶ差がある
率直に言って、症状緩和の技術は医師によって差があります。
ただ普通に考えて、それは当たり前のことだと思います。
私は内科医です。
全身のことに詳しい医師が私にとっての理想で、外科医になるつもりは全くなかった(外科医はかっこいいと思いますし尊敬していますが、私自身の求める理想像とは異なったという意味です)ので、当時は許されていた内科だけをひたすら研修する、という道を選びました(今は色々な科をまわらないといけません。ただ私にはそれは回り道に思えたでしょうから、旧制度で良かったです)。
というわけで、法律上は許されていますが、私が心臓手術を行ったら、確実に患者さんは……となるでしょう。倫理的には絶対に許せない言語道断のことです。
当たり前すぎる話ですね。
医師は約32万人いますが、それぞれ専門があります。
専門外のことでは、場合によっては一般の方並みということだってあるわけです。
こと緩和に関しては、薬剤の調節が主たる要素のように見えますから、(最近はそんなことはあまりないと思いますが)以前は誰でもできるようなイメージがありました。
実際、私が10数年前、ホスピスに勉強しに行こうとした時、(悪気は一切なかったと思いますが)当時働いていた病院の職員さんは、私のことを心配してくれたのだと思います、「そんなことはもう少し歳を取ってからでもいいんじゃないの?」と仰いました。
もっと若いうちには、身につけるべき技術があるんじゃないのか、ということですね。
また当時のイメージとして、「看取りの場」というものがありましたから、何もしないことを専一にするようなところだとその方は思っていたのかもしれませんね。
がんの痛みは、医療用麻薬を調節することで、だいぶ緩和されます。
もしかすると、それが一見、医師ならば誰でもできるようなイメージを醸成しているのかもしれません。
けれども実際はそうでもありません。他の症状に関してもしかりです。
余命日単位から生還した事例
某がんの患者さん(70代女性)は、担当の医師から、余命数日と言われていました。
意識レベルがとみに下がって来ているそうです。
衰弱も進行していました。
ご家族には「いつ何時なにがあってもおかしくない状況です」と説明されていました。
確かに患者さんは意識が低下しています。
時折苦しそうな顔もされるので、鎮静(うとうとと眠って頂くことで苦痛を緩和する最終末期の処置。命は一般に縮めないがコミュニケーションが難しくなる。ただし鎮静を考える際は、そもそも終末期せん妄などでコミュニケーションが困難なことがほとんど)を担当医によって検討されていました。
ここで「そうなんですね」とそのまま信じてしまっては専門家ではありません。
「本当に鎮静が必要なほどの日単位の状態なのか」
これをアセスメント(評価・分析)することが大切です。
私は診療録のデータをいつも通りチェックしました。
するとあることに気が付きました。
意識レベルの低下の原因は? そして2ヶ月に命は延びた
―カルシウム値が測られていない……
その患者さんのがん種は、しばしば高カルシウム血症を起こします。
一般の皆さんはカルシウム不足→いらいら、という迷信を聞いたことがあるかもしれませんが、がんの進行期では高カルシウム血症が問題になり、これが精神症状を来したり、気持ち悪さの原因になったりするのです。
私は担当医にカルシウム値を測定頂くようにお伝えしました。
測ってみると……
なんと16台(正常値は8.5~10.5)。
これは意識レベル低下を起こすのに十分な値でした。
確実にカルシウム値を下げるビスフォスフォネート製剤に、速効性があるエルカトニンを加え、1週間程度でカルシウム値は低下を示していきました。
結果どうなったか。
患者さんは普通に戻りました。
最終末期で意識レベル低下したのではないこともわかりましたので、推測余命も上方修正されました。
結果、患者さんは2ヶ月間、比較的穏やかに過ごされ、別れを一度は決意した御家族も患者さんとコミュニケーションに満ちた時間を送られたのです。
もしも、はない、しかし そして緩和ケアチームの費用
もし高カルシウム血症を放置していたら……?
率直に言って、死に至った可能性もあります。
何よりずっと意識レベルは上がらなかったでしょう。コミュニケーションも、最初の意識レベル低下以後それっきり、となっていたでしょう。
どちらが良かったかは明白です。
専門家ならばこのように、症状緩和の観点で何らか見落としている可能性があることを、気がつきやすいです。
病院の緩和ケアチームが1回回診すると、3900円(の負担割合分が実費)かかります。
3割負担ならば、1170円/回かかっています。
緩和ケアチームが30日回診に来れば、35100円/月の実負担です。
ただ高額療養費制度があるため実負担の上限もありますし、私が患者の立場でも、力量ある緩和ケアチームが来てくれるのならば、正直「全然安い」と思います(もちろん財布は無傷ではありませんが、それ以上のものを引きかえに得られる、ということです)。
件のケースでは命の長さまで(おそらく)変わったでしょう。
もちろん御本人が長く生きることを希望されていなかったのならばともかく、患者さんは次第に意識が低下してしまい意思も表示困難となり、御家族も「もう話せないんですか」と強いショックを受けていましたから、この再度コミュニケーションが可能となった2ヶ月には意味があったのではないかと思います。
日本は相対的に保険制度で守られているため、医療はフリーアクセスがゆえに、比較的当たり前に受けられるものとして存在します。
また確かに、一般的なサービスと医療は異なり、結果が保証されない点などもありますから、買うというイメージとは異なる部分もあるとは存じます。
とはいえ、緩和ケアチームや他のサービスを受けるのにもお金がかかりますが、このように結果も変わってしまうことがあります。ところが、またまだそれがあまり知られていない印象を私も受けます。
アセスメントが当たっていないと治療も当たりません。
治療もしっかりとしたアセスメントあってこそです。
専門家ならではのアセスメントを得るために、専門家のアセスメントを買う、そういう考え方もできると思います。
「アセスメントを買う」ことの大切さが広まれば良いと思います。
なお、アセスメントで結果が変わった例はまだまだありますので、また紹介したいと思います。
<※事例には個人情報保護の観点から諸調整を加えています>