乳癌の患者さんにうつは多いか?
がんとうつに関しては比較的よく調べられており、多くの研究があります。
それぞれに差異がありますが、ある研究では、その有病率は16.3%と示されています。
乳癌の患者さんにおいてはどうでしょうか?
別の研究ではうつ病の有病率をがん種ごとにまとめているのですが、一番うつ病が多かったのが肺癌の患者さん (13.1%)、次が婦人科腫瘍の患者さん (10.9%)、その次に乳癌の患者さん (9.3%)、以下大腸癌の患者さん (7.0%)、泌尿生殖器がん (5.6%)となっています。
しかしご多分に漏れず、諸研究によっても違いがあり、乳癌の患者さんの21.5%がうつ病(ただしこれはインドの研究)であったとするものもあり、想定される頻度に差があります。
けれども、私の大学病院で行っていた緩和ケア外来では、乳癌の患者さんのうつ病を診断・加療することが比較的多かったです。
以前「乳がんと緩和ケア」について述べた記事でも、うつ病は相当数と記しました。
それはどうしてでしょうか?
時間が経過してもうつ病のリスクがある乳癌
乳癌に関しては、時間が経過してもうつ病のリスクが有意に高いという研究があります。
高齢の女性、リンパ節転移陽性、独居、他の疾患を有しているなどがリスクとして指摘されています。
また同文献においても、実際には罹患している患者さんがうつ病として認識されていない可能性が示唆され、「乳がんの女性では、疲労、食欲不振、睡眠障害などの疾患の多くの症状および副作用はうつ病の症状と類似しており、うつ病の診断を複雑にしています」とありますが、これはまさしくその通りです。
また、がんを患っている方の場合、身体的な変化からのうつのリスクも見逃せません。
つまり、食道癌や頭頸部癌で触れたような、腫瘍性の炎症性サイトカイン血症などが関係し、腫瘍が起こしている特定の物質の上昇や活性化が、抑うつや倦怠感の源となっていることが推測されています。
なぜそれが想定されているのかと言いますと、倦怠感と食欲不振、抑うつは、ある研究において、ステロイドに反応して同様に改善したということが指摘されているためです。
ステロイドは、薬剤自体では使用による抑うつは知られている副作用です。
しかし高度進行がんの患者さんにステロイドを使用して、うつが発症・増悪するよりも、倦怠感などが軽減して、元気になったように見えることはしばしばあります。
ステロイドが軽減する病態、つまり炎症によって、うつが増悪している可能性があるので、このような事象となることがうかがわれます。
このように、がんの場合は、「気持ちが弱いから」うつになるわけではありませんし、「精神的な要因以外でも」うつになるため十分注意する必要があります。
放置するべきではないうつ
うつがあれば、生活の質は低下します。
治療に対する意欲や、治療を続ける意思にも影響を与えると考えられます。
ある60代の患者さんがいらっしゃって、緩和ケア外来で診察するまでうつ病とは思われていませんでした。
しかし患者さんには強い気持ちの落ち込みや、興味・喜びの喪失があり、一方で患者さんはそれを乳癌治療のせいだと確信していました。
けれども現在治療中の薬剤と、患者さんが自覚している症状は合致しません。
患者さんは、薬のせいで悪くなっているので、1つの薬剤ですら増やしたくないとおっしゃいます。
外来での1時間あまりの診察の結果、患者さんは半信半疑でしたが、抗うつ薬を始めることに納得・同意されました。
そして抗うつ薬が効き、患者さんにとって最も辛かった症状の1つである「吐き気」も完全解消しました。
このケースはあくまで一例で、他にも同様なケースは少なからずあります。
患者さんやご家族への助言としては、気持ちの落ち込みや、興味や喜びが喪失する期間が長く続くようならば、あるいは一般的な身体症状緩和策で改善しない頑固な体の症状(だるさや食欲不振、吐き気など)がある場合は、担当医や緩和ケア医、精神科医などに相談すると良いでしょう。
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