緩和ケアと末期がん
緩和ケアといえば末期がんという時代がありました。
今も地域によっては、そのようなところもあると聞いています。
現代の緩和ケアは末期だけではなく、治療中、それどころか診断されたときから提供されるべきものとされています。
したがって、緩和ケア=末期ではありません。
しかし、それにもかかわらず、今も昔も、末期がんの状態における緩和ケアは極めて重要です。
それはなぜなのか、これからお伝えしようと思います。
苦痛が増えるのは一般に末期
がんの経過は、均一ではないことが知られています。
がんは最後の数ヶ月で急速に機能低下することが知られています。
苦痛の症状も、一般にがんが進行すると、数も深さも増えることが多いです。
ただ必ずしも全ての苦痛症状がそうなるとは限らないので、心配しすぎないようにしてください。
必要なのは、出たらすぐに対処するということです。
苦痛症状があまり出ない場合もありますから、このような症状が出るのではないかと心配しすぎて不安になる必要はありません。
それを心配しすぎてしまうと、生活の質が下がってしまいます。
どのような症状が出るのかは完全に予測することはできませんが、出たら即対応するために、早期緩和ケアの並行受診の意義がありますし、そのためにも早期からの並行緩和ケアがあるのです。
それでは増える苦痛、どのようなものあるのでしょうか?
末期がんで出現する苦痛
末期という時間に関しては絶対的な基準はありません。
一般には、がんが高度に進行し、抗がん剤などのがん治療が困難になった状況が末期と呼称されています。
一般には余命数ヶ月ということがしばしばありますが、個人差があるのであくまで目安です。
末期がんではどのような苦痛が出現するでしょうか?
痛み
痛みは出る患者さんと出ない患者さんがおられます。
出る患者さんのほうが統計としては多いですが、出ない患者さんも相応にいます。
痛みが出ている患者さんに関しては、一般に、病状の進行とともに痛みは増えることも多いです。
痛みに関しては、一方で、各種の治療が進歩しており、緩和ケア・緩和医療の中でも一つの核と言えるほど研究・実践されている分野です。
痛み止めを駆使して、緩和します。
ただし、余命が数日になった際の苦痛は、医療用麻薬などを組み合わせても、「痛い」という訴えが緩和するのが難しいことが散見されます。
これには理由があり、最終末期の痛みは、「単なる痛みではない」ことも多いことと無縁ではありません。
せん妄の項目で改めて説明します。
倦怠感(だるさ)や食欲不振
痛みよりも頻度が多いと言われているのが、上記の2つの苦痛です。
余命が数週間となるまでは、ステロイドが比較的効きますが、その時期をすぎると効果が薄くなります。
勤務していた病院でも、私がステロイドを使用し始めてから、がんの高度進行期の患者さんにステロイドが使われる機会が格段に増えました(良いということが医療者としてもすぐにわかるので)。
すると、次のような現象が起こるようになりました。
すなわちステロイドを使用していると、最終末期の様々な苦痛が緩和されるので、実際より状態がよく見えてしまい、予後予測が甘めになりがちになる……という事象です。
患者さんもご家族も、ステロイドが開始されるととても調子がよく見えますから、実態を見誤ってしまいがちになります。
そこでしっかり医療者が説明しなければならないのですが、喜んでいる患者さんやご家族にその厳しい事実を伝えることがしばしば遠慮されてしまい、状態が悪化した際(多くは余命が短い週単位。数日ということもある)に気がついても遅い……となってしまうことが散見されました。
昔に比べると格段にステロイドが使われる例が増えていますから(実際、良くなります。正確には良く「見え」ます)、この点には注意しなければなりません。
吐き気
吐き気は様々な原因で起こり、専門的なアセスメント(評価)が必要です。
医療用麻薬を使っているからといって、吐き気が医療用麻薬からだと決めてかかるのは禁物です。自己判断での中止も控えるのが良いでしょう。
というのは、医療用麻薬で吐き気を起こす可能性があるというのは有名なことなのですが、2週間など続けて医療用麻薬を使っている場合に起こる吐き気が医療用麻薬に由来しているかというと必ずしもそうではありません。
他の病態が潜んでいて、吐き気になっている可能性が十分にあります。
また短い週単位から日にちの単位の余命で出現する吐き気は、治療抵抗性のことがしばしばあります。
吐くに吐けない感じと患者さんは仰られますが、これは私たちが普段経験する食べ過ぎや食あたりのような単なる胃腸障害ではなく、脳への(吐き気の原因の)作用なども想定される非常に難しい吐き気です。
一般的な吐き気止めなどが無効な上、抗がん剤治療の吐き気にすら効く脳への直接作用での吐き気止めも効かないことがあります。
身の置き所がない様態になることもあるので、鎮静の適応が生じます。
せん妄
亡くなる前の患者さんは「身の置き所がない」という表現が近い様態を取ります。
あちこちと身体を動かし、顔をしかめ、布団が重いといってはねのける。
頻繁な体位交換を求められる。
体位交換をしても、その際に顔をしかめる。
中には「痛い、痛い」とうわ言のように仰る方もいます。
重要なのは、その時の意識が「はっきりしているか」ということです。
多くの場合、意識は混濁し、話していることのつじつまが合わないということが併せてあるものです。
良くない身体の状態を原因として、意識が混濁したり変容したりし、見当識障害(時間や場所、人の感覚がわからなくなり)を起こし、時に興奮や混乱を起こす、これがせん妄で、手術後の患者さんやご高齢の患者さん、認知症の患者さんなどに起こしやすいことが知られています。
終末期は、不良な全身状態を背景としてせん妄のリスクは極めて高く、報告によっては8、9割というものもあります。
重要なこととして、この状態の患者さんの「意識はもうろうとしている」ということです。
もうろうとしているので、尋ねることへは概ね「はい」で答えられるということも多々あります。
「つらいですか?」(うなずかれる)
「痛いですか?」(うなずかれる)
「だるいですか?」(うなずかれる)
と反応されるので、それらの症状がある、と受け取られます。
しかし、例えば「どこが痛いですか?」「どのように痛いですか?」「いつ痛いですか?」と重ねて尋ねると、同じようにうなずかれたり、つじつまの合わない答えが返ってきたりします。
せん妄は意識の障害ですから、全ての認識や感覚等にも障害を来します。
上記のような返答の際は、痛みというよりもせん妄と捉えねばなりません。
意識がはっきりとした終末期というのは、実際には極めて少ないです。
ちゃんと会話をしているようでも、見当識障害が認められることもしばしばあります。
このようなせん妄が、混乱や興奮に患者さんを駆り立てるようならば、鎮静的処置が治療法となります(これは項目を改めます)。
まとめ
早期からの緩和ケアが謳われていますが、終末期の緩和ケアも変わらず重要です。
そして最終末期の緩和ケアは、緩和ケアが発展し続けている現在においても、難しいものであり続けています。
重要なのは各種症状の把握と、適切な治療の実施、それでも緩和できない際は鎮静をオプションに持って対応することです。
早期からの緩和ケアも緩和ケア担当医の腕の見せどころですが、終末期の対応も総合的な全身把握と治療が求められるという点で同様に腕の見せどころと言えるでしょう。