緩和ケア医は何をする医者か
まずは有名な2002年のWHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義から。
「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)=生活の質=を改善するアプローチである」
というわけで、そのアプローチを行うのが緩和ケア医です。
……では、そのまま過ぎますね(ただこの定義は緩和ケアについて非常にうまくまとまっている良いものです)。
今回はなぜ緩和ケア医の併診が良いのか考えてみましょう。
がんなどの自分の病気をじっくり相談できる機会が設けられる
病院の医療者は本当に忙しいです。
日本のシステムが、これ以上医療費を増やさないようにするべく、病院の収入がぎりぎりになるようにしているため、病院の経営は極めて過酷です。
薄利多売のシステムになっているため、多くの患者さんを診療しないと経営が成り立ちません。
ところが、このシステムが不満足の原因ともなります。
要するに、一人にかける時間を少なくせざるを得ないので、相談したいことがあまり相談できないという状況があるのです。
緩和ケアは、症状を緩和し生活の質を向上させるケアだと世界保健機関の定義にもありました。
症状を把握するにも(症状は主観的なので)、生活の質を向上させるにしても(生活上の問題も客観的な視点も大切ですが、主観的に何に困っているかを把握するのも重要です)、「話を聴くこと」から始まります。
したがって、その医療の特性や成り立ちから考えて、話をあまり聞かない緩和ケア医というものは少ないでしょう。
誰でも自分の病気になったばかりの頃は素人です。
わからないことだらけです。
しかし忙しそうな医療者に聞くのは気を遣います(私は患者経験があるのでよく体感しています)。
しかも、話を一般的によく聴いてくれる人もいれば、そうではない人もいます。
世の中いろいろな人がいますし、医療者や医師もそうです。
ゆえに、担当医や担当看護師を多くの場合完全に選ぶことはできないですから、運任せの部分があります。
そこに、緩和ケア医に介入してもらえば、多くが話を聴いてくれる医師なので、相談できるところができます。これは大きな効用です。
とにかく担当医は忙しく、それを補完するように大病院では他の医療職も積極的に話を聴いて対応してくれます。ただ医師から情報を聴きたいという希望も一定数あります。
食事のこと、運動のこと、尋ねたいことは様々にあっても、時間の制約からなかなか担当医には聞けない、ということは頻繁にあります。
その時に緩和ケアの医者が介入していれば、担当医には聞きづらいことも聞けます。これは利点だと言えるでしょう。
ひとえに医療に関する問題に限らず、療養先の問題や生き方の問題等にも適宜助言を求めることができるのも良い点だと言えましょう。
相談できることは多岐にわたり、ニーズに応じて対応します。
症状緩和のエキスパートの併診の強さ
なぜ緩和ケアがクローズアップされているのか。
もちろんそれは旧来の「耐える闘病」の壮絶さを、できるだけ楽なものに変えたい、というごくごく当たり前の現場のニーズがあることでしょう。
ただそればかりではありません。
旧来、医療は病気を治すべく発展してきました。
病気で症状が出ても、病気が治れば症状が良くなります。
しかし生身の体は老いますし、それぞれに定められた限界があります。
若い時には治せたものが、年齢を重ねるとそうではなくなることはよくあります。
高齢の方が増えれば、当然のごとく、医療を駆使しても治らない、ということが増えます。
むしろ歳を重ねれば必ず出てくる慢性の病気や状態を複数抱えながら、治らなくても、できるだけ元気に、と医療の目標はそうなってきています。
私が専門医資格を持っている老年医学なども、老いにまつわる病気を総合的・全人的に診る医療で、根治よりもしばしば共存・制御が目標となります。
がんの場合も、特にある程度以上進行した時期においては、症状を抑えながら良い時間を過ごすことが目標となります。
病気を治さなくても症状を緩和することができる緩和ケアの必要性が注目されるようになってきたのは、そのような老いの結果として「治らない病気・状態」が増えてきていることとも関係しているのではないかと考えます。
このような症状を和らげることを専門にしている医師は極めて少なく、症状を和らげる医療に関しては、(最近は少し変わってきましたが)以前は先輩医師の処方や対処を見よう見まねでやっていたものです。
緩和ケアが専門の医師は、症状の原因の把握と治療のプロフェッショナルですから、たとえ病気が治る治らないを問わずに、症状を和らげることに関しては専門家ならではの力を発揮します。
数少ない症状のプロを、もうひとりの担当医として加えることは安心につながるでしょう。
実際、苦痛が出た際にすぐに対処してくれる部門とつながっておけば、有事の際にも対応が早いことが予想されます。
緩和ケア医はもともと他の専門家だったのでプラスαが期待できる
最近は、研修後に最初から緩和ケア医になる若手医師が出てきました。
とはいえ、専門的なプログラムで緩和医療医になるので、昔よりは教育システムやプログラムはよくできています。
最近だと、抗がん剤治療などのがん治療等の修練も、緩和ケアの専門医になる過程で行うことが多いようです。
確かに、抗がん剤治療にまつわる問題は、緩和ケア医にも非常によく相談されます。
ただそのことに関しては、まず抗がん剤治療を行っている担当医に相談するのが基本です(もちろん助言はできます。セカンドオピニオン的に緩和ケア医を活用している患者さんもいらっしゃいます)。
今のように緩和ケア医になるプログラムが比較的整備されるようになった前は、他の科の専門家が様々なきっかけから、緩和ケア医になるというのが一般的でした。
私が医師になった時、最初は緩和ケアという言葉も知りませんでしたし、内科医になるつもりでした。
けれども10数年前だったので、緩和ケアは今ほど発達しておりませんでしたから、がんの患者さんは大変苦しい思いをされていました。
何とかしてあげたい。
その過程でたまたま(本当に偶然でした。必然だったのかもしれませんが)出会ったのが緩和ケアでした。
緩和ケアを行った所、患者さんの苦痛はまさに激変しました。それが私に緩和ケア医の道を開いてくれました。
専門家になり普及させる、そう思いました。そして今があります。
というわけで、私は内科医から緩和ケア医になりました。
ここが面白いのですが、ですから緩和ケア医になった今も、同じ緩和ケア医や他の科の医師から、「先生は内科でしたよね?」と言われます。
医師にとって専門というのは大切なのだということが伝わってくる小逸話です。
私は、内科医だったということもあり全身管理や全身の問題把握を得意としています。全身を診られるようになりたいので内科医になりましたので、それが今も根付いています。
麻酔科出身の医師は、神経ブロックという神経の痛みによく効く手技が得意ですし、精神科出身の医師は精神問題のアセスメントと治療に秀でています。
その他、自分が専門だった領域に関して、緩和ケア以外にも得意分野がある医師が多いです。
私の場合は、全身管理や全身の問題把握が2つ目の専門ですので、緩和ケアにおいて内科医だった専門性を活かして「患者さんの心身を守り、病気と付き合い共存する、時に打ち勝つための強さを維持する」という観点で関わっております。
まとめ
症状を和らげることの専門家は少ないですから、アセスメント(病態評価)してもらうという利点があるでしょう。
原因の特定・把握が今ひとつだと、治療もうまくいかないことがあるためです。
緩和ケア医に関わってもらうメリットは「症状緩和と生活の質向上」だけではなく、「話を確実にある程度の時間聴いてもらえること」「総合的に相談に乗ってくれ、必要な場所につなぐ支援を行ってくれること」「緩和ケア医の他の専門性からも支援してもらえること」などが他にも挙げられるでしょう。