緩和ケアへの期待が増えているのはありがたいこと
「名乗れば明日からホスピス医と呼ばれている」
2005年、ホスピスに着任した時、今は旅立たれた尊敬すべき先輩医師は、苦笑しながら言いました。
「大津先生、残念ながらまだそういう見方があるんですよ」
当時20代だった私は、それを聞いていささか憤慨したものです。実際、先輩は何か臨床上の疑問があるとすぐに論文を調べるなど、科学的な姿勢を大切にしていたホスピス医でした。
「なんとかしたいですね」
ホスピス医の技術もあるのだということが過小評価されている! と感じました。
それが緩和ケアについて伝える一般書『死学』のきっかけの一つとなりました。
当時は「ホスピスには来たくなかった」「周囲の人には止められた」等と話を聞くことがまだありました。
がん対策基本法ができる前後の話で、まだまだホスピスや緩和ケアのことがよく知られていなかったのです。
ところが4年後、東京から久方ぶりに京都に赴き、ホスピスのスタッフと話すと、このようなことを聞いたのです。
「最近、ホスピスへの期待が大きく、ホスピスに来ればバラ色の最後の時間が待っていると考えている方も少なくなく、その期待になかなか応えられないので心苦しい思いをしている」と。
ホスピスに入り緩和ケアを受けたとしてもバラ色にはならない
死や終末期に一生涯で触れる数は限られています。
そのため、なかなかこれらはイメージしにくいものです。
それなので、数例かのご自身の家族などのご様子から、これらのイメージが形作られます。
中には、やや悲観的な場合もありますし、その逆に楽観的な場合もあります。
亡くなってゆく方の苦痛の質量は個々人ごとに大きな差異があります。
苦痛がとても少ないケースでは、緩和ケアの専門家が関わらなくても、穏やかな時間が過ごせる可能性は高いでしょう。
問題は、苦痛が強いケースもあるということです。
ホスピスで拝見した、ある80代の患者さんは、ご自身のお母様が、がんで無治療で穏やかに亡くなられたのを見て、胃がんになった後も自分も同じように逝けると考えていました。
けれども予想と裏腹に、倦怠感は強く、またスッと旅立てると思っていたのにそうはならなかったのです。
また、身の回りのことができない時間が続いたことも、彼女を相当傷つけました。
確かに緩和ケアの技術は長足の進歩を遂げ、できることは思われているよりも多くあります。
一方で限界もそこには存在しています。
皆さんは、どのような点が緩和ケアの限界だと思われますか?
今回そのことを動画で解説しました。
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ぜひご覧ください。
まとめ
緩和ケアも技術です。
技術には、良い点もありますし、限界もあります。
技術を活かして、どう時間を過ごしたいか、それは皆さんに委ねられていますし、技術で何ができるのか、あるいは何ができないのか、それを知ることが良い活用につながります。
周囲に緩和ケアの担当者がいれば、相談に乗ってくれると思います。
良い時間が過ごせるように、いつも私たちは願っています。
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