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早期からの緩和ケアは家族にも良いことが知られている

緩和ケアにかかって良かった。

上のように仰ってくださる患者さんも多いですが、ご家族も多いです。

緩和ケアの世界保健機関(WHO)の定義にも、(緩和ケアの対象について)患者さんとご家族に対して、という文言があります。

私もホスピスに研修しに行った際に、指導医に「患者さんに50ならば、ご家族にも50の力を注いでください」と指導を受けました。

患者さんのご家族を支えることが、患者さんを支えることにつながります

これはどのような意味でしょうか。

 

患者の家族は、患者よりもつらいこともある

病に対して感じるストレスの内容や深さは人それぞれです。

30代の卵巣がんの患者さんは「自分よりも夫のことが心配で……」と緩和ケア外来を受診されました。

なお、このような緩和ケアの利用の仕方は「あり」です。大あり、と言っても良いでしょう

ご主人は、奥様のことが心配で眠れない日々を過ごしているようでした。

確かに病気は軽くありません。

けれども、暗い表情で力なく肩を落とすご主人の姿が、奥様にとっては心配で、気がかりで、ご自身の病気よりもつらかったのです。

ご主人と面談の機会を持ち、夜眠れるように処方を出したり、生活の助言を行ったりしました。

ご主人は次第にもとの生活を取り戻され、奥様も安堵して病と向き合われました。

病は近しい人との関係を変容させるものです。

病気との厳しい日々は、人を変えます。

そして人との関係をも変えます

病に対する不安や恐怖、いらだちや怒り。

それは往々にして、最も近い存在であるご家族に向けられます

体の症状がある場合は、ダイレクトに影響がご家族に及ぶこともあります。

痛い痛いと患者さんがいうので、ついご家族が怒鳴ってしまったり、当惑したりするなど、感情は揺らぎがちです。

見てみないようにすることで心の安定を保てた、と仰られるご家族もいます。

病気が性格を変容させることもあります。

怒りっぽくなったり、依存心が強くなったり、不安にすぐに陥ったり

あるご家族は、「あんなに強かった父が、別人のようになってしまって……」と嘆かれました。いつも奥様や娘さんの前では冷静沈着で頼もしかった父がおろおろする姿を見て、特に娘さんは強い衝撃を受けました。叱咤激励し、厳しく当たることもあった、そう後に述懐されています。

しかしこれは当然のごとくあるもの(そして誰も悪くないもの)で、確かに病気の当事者になると起こってもおかしくはないものなのです。

けれどもご家族からすれば、かつての夫や妻、父や母、その姿と変わって映り、動揺することもあります。

重い病気はこのように、ご本人だけではなくご家族との関係や日々、生活をも変えてしまう強大な力を持っています。

 

しかしできることはある それは緩和ケア

ただ、望んで病気になる人はいませんし、その方が悪いから病気になるわけではありません

どれだけ品行方正な生活をしていても、病気になる時はなってしまいます。

私のおじも40代前半で肺がんに倒れましたが、喫煙もせず、身体には気を使っていました。

それでも容赦なく、重い病気は私たちに訪れます。

そして否応なく、ご家族や大切な人、近しい人にもその影響を波及させるのです。

それは仕方ない……とあきらめなくて大丈夫です。

確かに、病気そのものを一瞬に消すことはできません。

しかし緩和ケアのアプローチを使って、患者さんと同様にご家族を支えることもできるのです。

2016年に次のようなデータが発表されました。

 

早期の緩和ケア導入が、がん患者家族のQOL向上にも効果

早期の緩和ケア導入が、がん患者家族のQOL向上にも効果

元の論文は下記になります。

Early integrated palliative care to improve family caregivers (FC) outcomes for patients with gastrointestinal and lung cancer.

根治不能な肺と消化管のがんと新たに診断された患者さんの家族の研究です。

標準的ながん治療に早期緩和ケアを併用した治療を受ける群と、標準的ながん治療のみを受ける群で、いわゆるくじ引き試験(無作為化ランダム試験)を行ったものです。

12週目で、早期緩和ケア患者群の介護者ではうつ症状が有意に低かったことがわかりました。

また、早期緩和ケア患者群の介護者では、活力および社会的機能は改善しました。

一方で、標準治療単独群の介護者では減退しました。

24週目になると、早期緩和ケア患者群の介護者では引き続きうつ症状が少なかったのですが、他の項目では統計的な有意差はありませんでした。

興味深いのは、介護者を直接対象とした介入ではない、ということです。

また緩和ケアを受ける際に、患者に同伴することも求められなかったのです。

すなわち、患者さんの苦痛緩和が、ご家族にも良い影響を与えることが示された可能性がある、と言えますでしょう。

このような間接的介入でも結果が得られたということは、直接的な介入、つまり患者さんのご家族との面談を行うなどが為されたとしたら、ひょっとするとより効果を得られたかもしれません。

 

まとめ

患者さんへの早期緩和ケアの重要性が指摘されるようになってきています。

しかし、患者さんへの早期緩和ケアにおける、ご家族への良い影響も見逃すことはできません。

また今後、直接的家族支援により、さらに良い影響を与えることができる可能性もあるでしょう。

患者さんの心身のつらい症状や不安、精神状態や性格の変化はご家族にも多大なる影響を与えるものです。

患者さんとご家族をトータルで緩和ケアすることによって、個人の、またご家族全体の本来持っている力を取り戻す支援を、早期から併用する緩和ケアにおいては行っています。

早期からの緩和ケア外来相談 緩和ケア医(緩和医療専門医)大津秀一

 

 

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About 大津 秀一

緩和医療専門医/緩和クリエーター。数千人の患者さんの緩和ケア、終末期医療に携わり、症状緩和のエキスパートとして活動している。著書や講演活動で、一般に向けて緩和ケアや終末期ケアについてわかりやすくお伝えすることをライフワークとしている。